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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)2号 判決 1999年6月30日

埼玉県大宮市土手町1丁目2番地

原告

株式会社ナチュラルメートの会

代表者代表取締役

木村富男

訴訟代理人弁理士

光藤覚

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

小林和男

廣田米男

主文

特許庁が平成4年審判第2937号事件について、平成10年11月9日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成2年2月13日、別添審決書写し別紙記載のとおり、「CIMA」の欧文字を横書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)につき、第29類「コーヒーその他本類に属する商品」(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表の区分による。以下同じ。)を指定商品として商標登録出願をした(商願平2-14606号)が、平成4年1月24日に拒絶査定を受けたので、同年2月20日、これに対する不服の審判請求をした。

特許庁は、同請求を平成4年審判第2937号事件として審理したうえ、平成10年11月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月12日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願商標が、同写し別紙記載のとおり、「シーマン」の片仮名文字と「SEAMAN」の欧文字を上下二段に横書きしてなり、第29類「茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷」を指定商品とする登録第1086143号商標(以下「引用商標」という。)と、称呼上類似し、かつ、その指定商品も同一又は類似するものであるから、商標法4条1項11号(平成3年法律第65号による改正前のもの、以下同じ。)に該当するものとした。

第3  原告の取消事由の要点

審決の理由中、本願商標が、別添審決書写し別紙記載のとおり、「CIMA」の欧文字を横書きしてなり、第29類「コーヒーその他本類に属する商品」を指定商品とすること、同商標が、「シーマ」の称呼を生じること、引用商標が、同別紙記載のとおり、「シーマン」の片仮名文字と「SEAMAN」の欧文字を上下二段に横書きしてなり、第29類「茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷」を指定商品とすること、同商標が「シーマン」の称呼を生じることは、いずれも認める。

審決は、本願商標が引用商標と類似すると誤って判断しているので、違法として取り消されるべきである。

1  審決が、本願商標と引用商標とは、その称呼上「シー」と「マ」の各音を共通にし、異なるところは語尾における「ン」の音の有無にすぎず、差異音の「ン」は鼻音として弱音であり、「両称呼をそれぞれ一連に称呼するときは、両者はその語調、語感が近似したものとなり、称呼上相紛れるおそれがあるものといわなければならない。」(審決書3頁24行~4頁1行)と判断したことは誤りである。

すなわち、引用商標は、「SEA」と「MAN」という、日常的に使用されているありふれた英語の結合からなり、全体として「シーマン」とよどみなく一連に称呼される。しかも、「MAN」は極めて一般化され、児童でさえ知っている平易な英単語であり、何人もその意味内容を直ちに理解可能な言葉であるから、「マン」の「ン」を略称し聴取し難いほどの弱音となるものではない。例えば、「スーパーマン」や「ウルトラマン」と同様に、「マン」の部分の「ン」も明瞭に識別可能に称呼されるものである。ちなみに、特許庁においても、商標「マルサ」と商標「マルサン」とは、単に「ン」の音の有無の差異にすぎないものであっても、非類似としていずれも登録されている(甲第6、第7号証)。

また、引用商標中の片仮名文字は、定型化された活字からなるものでなく、いわゆるフリーハンドで書してなるものであって、一見して「マ」は「ン」よりも肉厚に書されて、「マン」の部分により一層注意力を集中される態様からなっているから、「ン」が弱く発音される合理的根拠もない。

2  本願商標の出願人は、友の会的な組織構成からなり、自然環境を破壊せず自然に優しく人に優しい製品開発に力を入れ、関東を中心に全国的に契約代理店を設けて、洗剤をはじめとして各種商品の販売を行っているものであるのに対し、引用商標の商標権者は、いわゆる安売りスーパー店であり、その流通販売経路を全く異にするものである。

また、商品の流通制度の変化は激しく、商取引の実体も近時大きく変化し、宅配や通販等は、必ず商品番号を告示することを常とし、商標の称呼のみをもって商品を特定することは、極めて少ないものである。

しかも、近時の情報機能手段の発達に従い、電話等による口頭取引は皆無に近く、ファクシミリ、インターネット等の利用により、称呼の類似性の判断の重要性は従前より減少してきている。特に、本願商標と引用商標の指定商品は、嗜好品飲食物であり、最近の健康指向から、一般需要者は、商品を手に取りその成分内容を十分に検討した上でこれを購入するもので、称呼のみで取引されるケースは極めて少ないものである。

3  仮に、審決の認定のように両商標が称呼上類似するとしても、両商標は、その外観及び観念が著しく異なり、類似するものがないから、上記の取引の実情を踏まえて、取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察した場合には、商品の出所につき誤認混同を生ずるものではない。

なお、被告の主張する引用商標の使用態様は、引用商標の正当な使用とは認め得ないものである。すなわち、引用商標は、片仮名文字と欧文字を上下二段に横書きされたものであるのに反し、これらの標章は、欧文字からのみ構成されており、しかも、一見水兵さんを直観させるような図形を一緒に使用してなるものであるから、本願商標と対比して誤認混同するおそれがあるか否かの判断基準とすることは、当を得ないものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由は理由がない。

1  引用商標の構成中、「SEAMAN」が「SEA」と「MAN」の、「シーマン」が「シー」と「マン」の、それぞれ2語よりなる外来語の熟語として日常広く用いられているものとはいえず、むしろ、引用商標は、その構成に係る欧文字の「S」「E」「A」「M」「A」「N」の5音が、それぞれ同書体、同大、同間隔に一連に書かれているものであり、外観上文字全体の一体不可分性が極めて強く、いずれの部分も分離し難い構成よりなるものである。また、「SEAMAN」は、「水夫、水兵、船乗り」等の意味を有する親しまれた英語であり、「SEA」の部分にアクセントが置かれ、「MAN」の部分は平板に発音されるから、全体として1音節の語調に発音される。

したがって、引用商標は、全体として「シーマン」とよどみなく一連に称呼され、「マン」の部分を抽出し「ン」が強調されて明瞭に称呼されるものではない。例えば、「スーパーマン」や「ウルトラマン」も、「マン」の部分の「ン」が強調されるものではないのと同様である。

そこで、本願商標より生じる「シーマ」の称呼と、引用商標より生じる「シーマン」の称呼とを比較検討すると、審決の認定のとおり、両称呼は、第1音目の「シー」と第2音目の「マ」を共通にし、差異音は、語尾における「ン」の有無にすぎないものである。

そして、該差異音である「ン」の音は、鼻音であり、極めて語韻の弱い音であって、隣接する音への長音の同化を起こしやすい特質の音であり、その前音の「マ」が、両唇を密閉し有音の気息を鼻腔に通じて発する鼻子音「m」と母音「a」との結合した音であることから、この「マ」に吸収されてなお一層弱く発音され、聴取し難いほどの弱音となり、しかも、称呼上の差異を明確に聴別し難い構成音の語尾に位置するものであることから見ても、該差異音が称呼全体に与える影響は決して大きいものとはいえない。

2  引用商標からは、前示のとおり、その英語の意味から、「水夫、水兵、船乗り」の観念を生じるのに対し、本願商標からは、特定の観念が生じないから、両商標は、観念において比較できない。

また、本願商標及び引用商標の指定商品「コーヒー」の取引形態は、製造者から卸問屋への取引や、末端の店頭における一般消費者による購入、通信販売等の形態があり、特に問屋が絡む取引等においては、電話等により注文がなされる例も少なくない。そして、電話等による口頭取引においては、商標の称呼をもって商品を特定することになるのであり、商標の類否の判断における称呼の役割は軽視できない。

しかも、引用商標は、指定商品中の果実飲料及びコーヒーに使用している事実により、存続期間の更新登録が認められており(乙第7、第8号証)、現在においても、この商標を付した商品が製造販売されている事実が認められる(乙第9~第11号証)から、同一の商品に本願商標と引用商標とがそれぞれ使用される結果、これらの聞き違え等により、商品の出所の誤認混同のおそれがあることは否定できない。

したがって、本願商標と引用商標とは、たとえ、外観上差異を有するとしても、前示のとおり、称呼において類似する商標であり、かつ、両商標の指定商品は、同一又は類似する商品と認められるから、需要者において、本願商標が引用商標と商品の出所を誤認混同するおそれがあり、この点に関する審決の認定(審決書4頁2~6行)に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  審決の理由中、本願商標の構成態様、指定商品及び同商標から「シーマ」の称呼を生じること、引用商標の構成態様、指定商品及び同商標から「シーマン」の称呼を生じることは、いずれも当事者間に争いがなく、また、引用商標からは、その構成中の欧文字部分の英語の意味に応じて、「水夫、水兵、船乗り」の観念を生じるのに対し、本願商標からは、特定の観念が生じないことも、明らかに争いがないものと認められる。

2  引用商標は、別添審決書写し別紙記載のとおり、「シーマン」の片仮名文字と「SEAMAN」の欧文字を上下二段に横書きしてなるところ、該欧文字部分は、「S」「E」「A」「M」「A」「N」の5音が、外観上それぞれ同書体、同大、同間隔に一連に書かれているものであるが、前示の意味内容からみて、「SEA」と「MAN」の2語の英単語が結合した単語であることは明らかである。そして、前半部分の「SEA」は、「海」を意味する極めて平易な日常的な英単語であり、後半部分の「MAN」も、「人」又は「男性」を意味する極めて平易な日常的な英単語であって、この前半部分の「シー」の称呼と後半部分の「マン」の称呼が結びつき、これが冗長ともいえないことから、一連によどみなく称呼されるものと認められる。他方、フリーハンドの書体で書された片仮名文字の「シーマン」は、下段の欧文字の読みを特定したものと認められるが、特定の片仮名文字を強調する態様のものではない。

したがって、引用商標は、全体として「『シーマン』とよどみなく一連に称呼される」(審決書3頁13~14行)ものと認められ、取り立てて特定の音が強調されるものではないが、他方、「SEA」と「MAN」の2語の英単語が結合した商標であり、「シー」と「マン」の称呼が結び付いて「シーマン」の簡潔な称呼を生じることからみて、特定の音が省略され、あるいは弱音により称呼されるものではないことも明らかである。

そして、本願商標の称呼「シーマ」と、引用商標の称呼「シーマン」とは、第1音目の「シー」と第2音目の「マ」を共通にし、差異音は、「ン」の有無であるが、前示のとおり、引用商標においては、特定の音が省略ないし弱音により称呼されるものではないから、その後半は明確に「マン」と称呼され、「ン」のみが省略され、あるいは聴別し難い弱音により称呼されるものではないと認められる。このことは、「スーパーマン」や「ウルトラマン」を称呼する場合に、「スーパーマ」や「ウルトラマ」との称呼を生じるものでないことからも明らかである。したがって、称呼の面において、両商標は、相紛れるおそれがあるということはできない。

被告は、両称呼の差異音である「ン」の音が、鼻音であり、極めて語韻の弱い音であって、隣接する音への長音の同化を起こしやすい特質の音であり、その前音の「マ」に吸収されてなお一層弱く発音され、聴取し難い程の弱音となり、しかも、称呼上の差異を明確に聴別し難い構成音の語尾に位置することから見ても、該差異音が称呼全体に与える影響は大きいとはいえないと主張する。

たしかに、「ン」の音は、鼻音であり、それ自体を取り上げてみれば、母音又は母音を含む子音などより語韻の弱い音ということができるが、その音の商標の中での発音の強弱の程度や称呼全体に与える影響については、当該商標の具体的構成及び意味内容に即して検討されなければならず、引用商標については、前示のとおり、「SEA」と「MAN」という平易な日常的な英単語が結合したものであり、この前半部分の「シー」の称呼と後半部分の「マン」の称呼が結びついて、簡潔、かつ、一連に語尾まで明確に称呼され、「ン」のみが省略され、あるいは聴別し難い弱音により称呼されるものではないと認められるから、被告の主張を採用する余地はない。

また、被告は、本願商標及び引用商標の指定商品「コーヒー」の取引形態においては、電話等により注文がなされる例も少なくなく、商標の類否の判断における称呼の役割は軽視できないし、現在においても、引用商標を付した商品が製造販売されているから、同一の商品に本願商標と引用商標とがそれぞれ使用される結果、これらの聞き違え等により誤認混同のおそれがあることは否定できないと主張する。

しかし、前示のとおり、本願商標の称呼「シーマ」と、引用商標の称呼「シーマン」とは、称呼の面において区別されて発音されるから、両商標に聞き違え等が発生することは必ずしも一般的であるとはいえず、後記のとおり、両商標が外観において著しく相違すること等を考慮すると、両商標が相紛れるおそれがあるということはできないから、被告の上記主張も採用することができない。

以上のとおり、審決が、両商標が、「その語調、語感が近似したものとなり、称呼上相紛れるおそれがある」(審決書3頁25行~4頁1行)と判断したことは誤りといわなければならない。

3  また、本願商標の「CIMA」と、引用商標の「シーマン」の片仮名文字と「SEAMAN」の欧文字を上下二段に横書きした構成とは、その欧文字部分について、「MA」の2字を共通にするのみであって、その余の文字及び字数を異にし、通常、取引者・需要者の注目を最も惹きやすい冒頭の文字が相違するから、外観上類似しないことが明らかである。

このことと、前示称呼の面においても、両商標が相紛れるおそれがあるといえないこと、さらに、引用商標からは、「水夫、水兵、船乗り」の観念を生じるのに対し、本願商標からは、特定の観念が生じないから、両商標が、観念においても同一又は類似といえないことを併せ考慮すると、両商標は、全体として互いに相紛れるおそれのない非類似の商標と認められる。

したがって、審決が、「本願商標と引用商標とは、その観念において比較すべくもなく、外観において相違する点を考慮しても、称呼上紛れやすい全体として類似する商標といわざるを得ず」(審決書4頁2~4行)」と判断したことは誤りといわなければならない。

4  以上によれば、審決の「本願商標が商標法第4条第1項第11号に該当する」(審決書4頁7~8行)とした判断は誤りである。

よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

理由

1 本願商標

本願商標は、別紙に表示するとおり「CIMA」の欧文字を横書きした構成よりなり、第29類「コーヒーその他本類に属する商品」を指定商品として、平成2年2月13日に登録出願されたものである。

2 原査定の引用商標

これに対し、原査定において、本願商標の拒絶の理由に引用した登録第1086143号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙に表示するとおり「シーマン」の片仮名文字と「SEAMAN」の欧文字を上下二段に書してなり、昭和46年6月1日登録出願、第29類「茶、コーヒー、ココア、清涼飲料、果実飲料、氷」を指定商品として、昭和49年9月5日設定登録、現に有効に存続しているものである。

3 当審の判断

そこで、本願商標と引用商標との類否について判断するに、本願商標は、前記のとおり「CIMA」の欧文字を横書きした構成よりなるものであるから、その構成文字に相応して「シーマ」の称呼を生ずるものである。

他方、引用商標は、「シーマン」の片仮名文字と「SEAMAN」の欧文字を上下二段に横書きしてなるものであるから、その構成文字に相応して「シーマン」の称呼を生ずること明らかである。

請求人は、「SEA」と「MAN」の文字部分が、一般的に使用されている英語であり、「SEA」の部分よりも「MAN」の部分すなわち「マン」と強調されて称呼されるものである旨主張している。

しかしながら、該欧文字部分は同書、同大、等間隔で外観上まとまりよく構成されており、引用商標は全体として、「水夫、水兵」の意味を有する語として、把握、認識されるものであり、これをことさら「SEA」と「MAN」に分離し、称呼しなければならない格別の事情も認められないものである。

そうとすれば、請求人が主張するように、「SEA」と「MAN」の文字部分が単独で、一般的に使用されている英語であるとしても、「シーマン」とよどみなく一連に称呼されるとみるのが相当である。

そこで、本願商標より生ずる「シーマ」の称呼と引用商標より生ずる「シーマン」の称呼を比較するに、両者は称呼の聴別上重要な要素を占める冒頭部分の「シー」「マ」の各音を共通にし、異なるところは、語尾における「ン」の音の有無にすぎない。

しかして、該差異音「ン」は、鼻音として弱音であり、前音「マ」の母音「a」に通ずる余韻を有する長音として聴取され、しかも通常明確に聴取され難い語尾に位置する音である。

そうすると、両称呼をそれぞれ一連に称呼するときは、両者はその語調、語感が近似したものとなり、称呼上相紛れるおそれがあるものといわなければならない。

してみれば、本願商標と引用商標とは、その観念において比較すべくもなく、外観において相違する点を考慮しても、称呼上紛れやすい全体として類似する商標といわざるを得ず、かつ、本願商標の指定商品は引用商標の指定商品と同一または類似するものである。

したがって、本願商標が商標法第4条第1項第11号に該当するとして本願を拒絶した原査定は、妥当であって、取り消すべき限りでない。

よって、結論のとおり審決する。

平成10年11月9日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙

<省略>

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